<2000/06/18 山陽新聞掲載>     


 先日、私の造園家としての庭への思いが山陽新聞に掲載されました。


 
 作庭家、重森三玲氏の最後の弟子として、亡くなるまでの最晩年の三年間、作庭を手伝い、地割りから石組み、飛び石の基礎を体で覚えてきました。そうやって手仕事からか入ったおかげで体を動かすことは今も苦にならないのです。
 師の教えの一つに”施主さんとの心の触れ合い”があります。
庭は作るというより、育て上げるもの。庭師が個性を出し過ぎては駄目。施主さんと対話して構想を練り、石運びなどできるだけ手伝ってもらうことにしています。
「作庭はお客さんとの設計から始まる」が師の口癖でした。世代を超え、住む人が愛着を持ち続けられるよう、”共同作業”を呼びかけるのです。
 石組みは音楽に似て、リズムや強弱が欠かせません。また、無限にある組み合わせを決めるのは理屈ではなく、フィーリング。「こう動かしてくれ」という石の内なる声が聞こえるくらいにならないと。そのために、美術館巡りで焼き物や書画の名品と接したり、楯築遺跡(倉敷市矢部)の列石のそばに寝転び、月を眺めたりと日々感性を磨くようにしています。
 天分にも恵まれた人なら少々手を抜いても良いものを作るでしょう。
それよりも足りない人間が一生懸命努力した仕事には数字に表れない良さ、味があります。そう信じています。